ラブ上等を見た。
私は最近「共に生きる」を掲げはじめたところなので、少年院を経験したりヤクザだったり全身イレズミあったりする人達だからって、即見下すとか批判するような目線で見ないようにしたいな、と思いつつ見た。
マイナスな側面からいえばなんというか、保護猫のような印象を受けた。初対面の相手に威嚇したり、依存したい相手には分離不安があったり、感情に振り回されているなという感じ。
プラスな側面でいえば、切り替えの速さがほんとうに凄かった。昨日タイマンした相手を今日には尊敬してたりする。あと、他のメンバーが自分の意中の人と仲良くしてる時に、笑ってごまかすみたいなことをしないで分かりやすく不機嫌になるメンバーが多いのが今まで見てきた恋リアっぽくなくて新鮮だった。
ヤンキーだから怖い、みたいな気持ちも当然ある。近くにいたら怖い。けどそれもやっぱり保護猫みたいなもので、引っかかれる危険性が高い生き物に近づくのは怖いわけで。
じゃあなせ引っかくのかって、本人が相当傷ついていてて、「周りみんな敵」と思わざるを得ないくらいボロボロに弱ってるからなんだろうなと思った。
これをプロデュースしたMEGUMIさんがすごいなと思う。ヤンキーの強さも弱さもきっと分かった上で、成立するか危うい企画をやってのけたのがすごいし、「日本のヤンキー」や「日本のホスト」がNetflixの世界の視聴者ウケがいいだろうということも分かってやってるんじゃないかなというのが透けて見えて、視野の広さがすごいなと思った。
そんなヤンキーに子ども食堂のイベントをさせるみたいな発想もすごく良かった。不遇の子供時代を送ってるから、恋愛含めた青春や、普通の人が経験してるはずの、親世代との関わりをちゃんと経験できてない人が多くて、「過去傷ついた子供時代の自分」を子ども食堂の子たちを通じて癒す形になってて、視聴者の感動も誘うなって。
恋リアなんだけど、メンバー一人一人の過去を話させるだけでもノンフィクションだし、こども食堂のイベントや家族と電話する降りはヒューマンドラマだし、恋愛してる様子を見ても、対人関係に難を抱えている様子がありありと出てて、生き様の話なんかな?みたいなのが多くて。
それをスタジオ組が普通の恋リアと同じように「三角関係、どうなっちゃうの?」「ヤキモチですね」「好きだから避けちゃうみたいな」とコメントを都度入れてくれることで、恋リアの枠組みに戻って来れるみたいな。スタジオ組が、視聴者ほどのメタ視線でもなく、恋リアとしての感想をちゃんと述べていくのが、すごいバランス感覚だな、と思ったりもした。
エンタメとして楽しんだけど、自分も、何より子供たちも、メンバーたちを見て、こういう風になってほしいとは思わなかった。
人間多少の浮き沈みや失敗、困難は必要だと思う。けれど、一生をかけても社会的信用を取り戻せなくなるほどの困難は、やっぱりしてほしくない。
この辺はまだもう少し考えたいことがあるから、続くかな。

