今年の目標は「幸せの言語化」と前回の投稿に書きました。
早速新しい日記アプリを一ついれ、「幸せだ」と思ったことを毎日書き留めることにしました。
あ、人間関係にまつわることという制限もつけてます。すぐ「チョコおいしくて幸せ」とか書きそうになるので。
去年は「今日の良かったこと3つ」が白々しくて書けないと言っていた私が、今年はこんなことを目標にしているなんて驚きです。
なぜ真逆に方向転換できたかといえば、「良いことがたくさん描ける」人になりたかったから。
けど、そのスキルがないことに気づいたんです。環境に感謝したり、家族を褒めたり、小さな幸せを心から喜ぶための語彙力と分析力がないことに。
悪いことが起きると人は「自分がどれほどしんどいのか」「どうしてこうなってしまったのか」たくさん言葉にして、分析しますよね。
けど良いことが起きた時に「自分がいかに幸せか」「なぜこんな良いことが自分に起きたのか」なんてことはあんまり考えない。
だから、毎日書いて、なんで私はこれを幸せだと思ったのか、この幸せをどう言語化すればいいのか鍛錬しようと思って、はじめました。
良いことをたくさん発信するのって結構難しくて、「父親が大和証券の副会長なんで、恵まれてて幸せです」なんて言ったら凄まじい僻みを喰らうと思うんですよね普通。でもこれを言うケムリさんは、そんなに恵まれてるのにあえて吉本に入ってお笑いやって賞を取って、ちゃんと努力もしてきているから成り立っているというか。それでもアンチが大変なことになってそうたけど。
その辺のバランスが難しいです。正直自分はまだまだ未熟で、自分よりフォロワー数多い人にめちゃくちゃ醜い嫉妬をするし、明らかに苦労してる人でも、少し周りに愛されてるんだなみたいなのを見せつけられただけで悔しいと思ってフォロー外したりしてます、ひい低俗。
自分が浅ましい人間だからこそ、幸せ自慢みたいなのに敏感で、自分でやる怖さがあります。こんな風に明るく幸せな漫画がたくさん描けたらいいなと思っている憧れの作家さんたちにさえ、私自身がうまくいってない時は舌打ちしたい気持ちになるのです。
憧れの作家さんたちに対して、私みたいなことを真正面から言う失礼な人もいたと思うんですよ。けど明るい投稿をやめないわけじゃないですか。どうして続けられるんだろう。きっと価値観や信念が私と根本的に違うような気がしていて、そこに私は辿り着きたいんです。
世の中から見たら些細なことでも、作家さんたちにとっては大切な幸せなわけだから、幸せ自慢だと言われたら否定はしないと思うんですよね。読んで「イライラする」と言う人と、「幸せを分けてもらった」と言う人がいて、ポジティブな方の意見を信じて創作を続けられる強さみたいなものがほしい。
どうしたらそうなれるんだろう。もうちょっと考えてみたいです。
ジェミニに感想を聞いたら「嫌われる勇気」ってワードが出てきてびっくりしました。ほぼ日の学校で筆者の対談見てた時は私、「他人気にせずにやってきた私には必要ない本だな」とまで思っていたはずなのに。
発信するようになってずいぶん他人の目を気にするようになりました。
あとやっぱり、自分自身が「そういうの好きじゃない」って思ったことがある事柄だけに、容易に「やりたいようにやればいいじゃない」って思えないんですね。
やり方を間違えると自分自身を嫌いになってしまいそうで。だから勇気が出ないっていう。
もう少し深掘りしようと思います。

