糸井重里氏の雰囲気が好き

糸井重里氏のように在りたいなと最近よく思う。
それは、コピーライターになりたいとか、ほぼ日みたいなウェブサイトを作りたいとかの「何をした人なのか」の話ではなくて、「人と話すことを楽しむ」「誰かの面白いを作ることに注力する」みたいな、「どんな人なのか」の部分で、こうなりたいなと思うのだ。

今日は「自己啓発書いてる人3人と集まって、なんでこんな自己啓発は嫌われるんだ?」の話を読んでいる。文章は全部無料で読めるのだが、空気感が分からない。そろそろ月額料金を払って動画を見たいような気もする。付き添い入院中のお供に、ネトフリを解約してこちらを見ようかなと思っている。

糸井さんの書いている「今日のひとこと」はとても人を元気にするのに、どうして「自己啓発」臭くないのか?という質問に対して、糸井氏が「歌ってはぐらかしている」のが本当に好きだ。動画でめちゃくちゃ見たい。

糸井さんは「会話を楽しもう」というのが最優先なので、「ここで自分が質問に答えちゃうとつまらないな」と思って歌っているんだろう…なんて可愛い人なんだろう。代わって他の人が「糸井さんが広告出身だから」だろうと答えていたが、私も似た感想を持った。糸井さんは若い頃からずっと、自分の書いた文章が人に「どういう影響を与えるか」ということを訓練し続けた人だから、「何を伝えたいか」を考えて分厚い本を書いてきた人とはまたちょっと違う嗅覚があるんだろう。

あとはやっぱり「面白い」を先に立たせているからじゃないかな。「やる気になる」とか「ためになる」とかそういうのは、なんか臭うよね。

ほぼ日の学校面白すぎるなあ。勉強になることがたくさんある。勉強にはなるんだけど、テンポ感も好きなんだよな。

昨日ふとあるポッドキャストを聴き始めたのだけど、話すスピードがめちゃくちゃ早くて、等倍だよな?と確認してしまった。話している雰囲気もなんか忙しなくて、マシンガンみたいな感じで、私自身が考える余白がないまま話が進んでいくから、疲れてしまって、最初の数分で聴くのをやめてしまった。

昔は私も当意即妙に丁々発止と話していたはずだが、子供たちとばかり過ごすようになってずいぶん反応スピードが落ちてしまったらしい。
ゆったりとしたテンポで、しかし文化、歴史、宗教など幅広い教養を織り交ぜながら、時に歌いながら話を進めてくれる糸井氏の会話は心地よい。

こう在りたいなあ。私が話している間に、相手が考える余白があって、どんどん楽しくなってしまうような。

今日はこのくらい。