次男が一歳になる。なんというか、これまでのことをブログにしようとしたり漫画にしようとしたりして幾度となく振り返りまくっているので、あまり感慨深さはない。それでも本人が一歳という節目を迎えられることを嬉しく思う。
朝起きた時が一番怖い。今日もちゃんと息をしているか、血まみれになっていないか(薬の影響で血が止まりにくい)、普通に0歳児を育てている親でも一度は経験したことがあるだろうが、私の場合、子が先に起きた日以外は毎日、その恐怖により強く襲われた。誕生日の朝も、息をしている背中を見て、恐怖でこわばった身体を萎ませるようにして安堵のため息をついてから、「お誕生日おめでとう」と声をかけた。
病児を育てて一年。強くなったなというよりは、何度も自分の心身の弱さを恨んだ一年だったなと思う。どうやったらもっと家族や他人に当たらずに過ごせただろう。風邪を引かずに済んだんだろう。次男の心臓をよりよい状態で維持できたんだろう。自己嫌悪と反省と改善の日々。思うようにいかないまま、一年が経った。今日も少し風邪で、子供達の相手もサボり気味である。
いま気づいたがインスタで次男の漫画を描き始めて半年になるらしい。
うまくいかない中で始めた新しいことの一つだ。
先日役所で次男のいきさつについて話してほしいと言われた時、数字に弱い私らしからず、いつ何が起きたのか時系列順ですらすらと話すことができた。漫画を描き始めたおかげだ。他にも漫画の効用はあって、ネームやペン入れをしながら何回も泣いた。間違いなくセルフケアになったと思う。少なくない読者のみなさんに読んでいただけて、コメントももらえて、自粛生活の中、外とのつながりを維持できた。生産的でいたい私に目標と抑揚と生き甲斐をくれた。
最近は更新もしておらず、ネームも休日に入って止まっているが、平日は絵を描く時間をきっちり設けて筆を握っている。長く描き続けたいという思いと、復職後の仕事と子育てだけでどれだけ容量を食うのか分からない恐怖が拮抗している。絵を描くのは、特に漫画を描くのは疲れる。疲れるけれども、ずっと何かを「作る」人でいたいと思う。本職は老いても続けられるかというと、不安が残る。今の仕事は「個性」とか「味」とかで稼げないのでね。でも絵なら効率が悪くても、画一的な「上手さ」がなくても、売り物になることはある。誰かに価値のあるものになれる。
そうなれたらいいなあとずっと思っているけど、どうなんでしょうね。ふんわりとした夢を書いて、今日はおしまい。


