子供をどう思うかについて

今日は、子供のことをどう思っているのか書きたい。
わたしは子供を可愛いと思っているのだろうか?愛情を抱いているか?自信がない。

自信がない主な原因は単なる体調不良と余裕のなさな気はしている。かなり長い間、ストレスの多い生活を送ってきて、子供に、特に長男にはイライラすることが多かった。自分の言うことをよく聞けば可愛いし、聞かなければ顔も見たくないと思った。

けど、余裕がある時も、あまり可愛いと思ってこなかった気がする。なんだろう、どこかで、「そう思わないようにしている」節があった。

私なんかにはもったいないと思っていたのに、機会に恵まれて我が家に来てくれた子供たちだったから、うっかりしたら私が完全にコントロールしてしまいそうで、怖かった。愛情を注げば注ぐほど、自分の所有物にしてしまいそうで。着せる服や髪型、買ってやるおもちゃに至るまで自分の趣味を押し付けそうで。

愛情を抱かないように気をつけながら保護者として接しているだけでも、普段の物言いや行いについて私の思想を植え付けているのだから、それ以上はいけないと線引きしているんだと思う。

分別をつけようと少し距離を置いているし、しょっちゅう誰かが体調を崩しているから、感染対策であまりシンプルな愛情表現としてのボディタッチもしないし、言葉で大好きということもあまりない。

「だいすき」だといえばそれなりの見返りをもらえるかもと思ってしまいそうだから、というのもあるかもしれない。なんて未熟な親なんだろう。無償の愛が注げなくて申し訳ない。

インスタではたくさんの親がこどものことを可愛い可愛いといって育児漫画にしているのに、私が純粋に子供の愛らしさをメインにした漫画が描けないのはこうした引け目があるからだ。

愛情いっぱい笑顔いっぱいの漫画が描きたいのに、その部分だけを切り取ることが出来ないのは、そうじゃない部分の比率が多すぎてさすがに嘘になるからなんだろうな。というか、ネタを探してもなんか、私が子供のことを「ほんとに可愛い天使!」って思ってないからオチがつかなくて描けない。

そういう後ろ暗さなく描ける母親が羨ましい。次男の病気でてんやわんやしてなければ、そうしたのほほんとした心持ちで育児が出来たんだろうか。あの経験で得たものもたくさんあったから今の人生が嫌なわけではないが、あの経験を経てもなおのほほんと子供たちを存分に可愛がれる度量があったら良かったのにと思う。