ここ数日なんだかぼんやりするのが仕事、という感じです。
書くようなこともない気もしますが、徒然なるままに思いつくことを書いていきます。
実は今週末から一週間九州に帰省します。約2年ぶり、里帰り出産が出来なかった不義理にやっと片をつけることができる、という意味でも嬉しいし、実母は長年保育士をやっているので、来週はたぶんほぼやることないはずで、それも嬉しくて待ち遠しいです。
今日はそのための荷造りなどしていました。
当日ワンオペで子供二人連れていくので、あらかじめ服などは送っておきます。まだ次男は薬もたくさんいるので、それも合わせて送っておきます。
少しバダバタはしているのですが、インスタでふと流れてきた投稿に「暇で平和を愛すると人生は好転する」という心理士さんのお話が流れてきて。
なんか今の自分はまだ臨戦体制が抜け切ってないんだろうな、だから色々モヤモヤして解決したがってるんだろうな、何もしないでいるのが、落ち着かないんだなって。
すごく腑に落ちて、来週九州に無事着けたら、「暇で平和を愛する」ことをテーマに過ごそうかなと思っています。
でも、書くのは続けたいので、ジャーナルはなんかいい感じのテーマでもAIに考えてもらおうかな。
今日ももう書くことがないので、続きはAIにもらったテーマで書くことにします。
『あなたにとって、「平和で暇な状態」でいるとき、ご自身の心の中にはどのような「静けさ」や「ゆとり」が生まれるのが理想ですか?』
だそうです。
どのような静けさやゆとり、かあ。怒りが生まれないことが大事かあと思います。焦りや不安よりも、私にとって怒りは静けさやゆとりと真逆の位置にあって、怒ってる時の騒がしさとか余裕のなさと言ったらもう。なので怒りたくないですね。
ゆとりは、自分のためだけに泣く時間が取れること。今までどうしても子供がいる手前、自分の今の感情に集中する時間が取れなかった。今抱えてるストレスが溢れた結果として泣くことは何回もあったけど、「あの時わたししんどかったんだなあ」なんて振り返るような時間的余裕がなくて。
先日次男を一時保育に預けた日に、やっとまとまった一人時間を得て、私そこで連載のプロットのやり直しをしたんですよね。単なる時系列の整理を超えて、その時々で私が何を感じていたのか、感情面にフォーカスしたプロットに変えた。そしたらもうすんごい泣いて。あれはいい時間でした。
明日からもしばらくこんな感じでAIの投げるテーマで書いてみようと思います。
自分から湧き出てくる「考えなきゃいけないこと」がやっと今なくなってる状態で、それを楽しみたい、けど四月までのジャーナルもやめたくない、とのことで両立を図るための策です。。

