けりをつけるために

今日はやっと一区切りついた日だったかもしれない。
ここ数日「春になる前にすっきりしたい」と思っていた、夫にちゃんと次男のいざこざの時の孤独について自分の気持ちを伝えて夫の過去の振る舞いについて今の考えを聞くというのをやってみた。

返事はまだなのだが、伝えるだけでだいぶすっきりした。
昔から、そして普段から私の不平不満をスルーする人なので、私は少しずつフラストレーションが溜まり、ある日爆発して全部文字起こししてぶつける。これができると少しすっきりするのだ。やっと私があの人に伝えたかったことを全部言えた感があって。

対面だとこれができない。夫に「不安に思っている」と伝えても、「そう」としか言わない。夫は第三者ではなく当事者だ。だから私が不安に思うようなことを抱えている時、本人も多少なり不安を抱えてほしいという期待が私にある。だから返事は「そう」ではなく、「自分もだ」的なものであってほしい。

他の例も挙げよう。
私が体調不良の時、「すこし熱があるかもしれない」と言うと、「自分も頭が痛い」などと言い出す。今は「自分もだ」的なものであってほしくない。なんなの。

対面で伝えても私が望む答えが返ってこない。なので、文面で一方的に投げつけて、返事は既読スルーするのが一番「ちゃんと受け止めてもらえた」感があるのだ。はあ虚しい。

文面は基本不安ではなく不平不満の方なので、返事は「ごめんなさい」だけのことが多い。これが一番情緒的に正解に近いから、怒って謝らせるのがパターン化している気がする。慰めや、労りが正解で返ってきた試しがない。私の気持ちに一番寄り添うのが謝罪って、ほんとに悲しい関係だな。

過去だけでなく現在も感情面の寄り添いは出来てないのだが、これからのことは相手に宣言させなくても、私が不安や不平不満を小出しにして、不適切な言動をとるたびに訂正していけば改善できるので、指摘しなかった。

ただ過去の大きな失態は、水に流せないほど傷が深かったので聞いてみた。「何をしていいのかわからなかった」とか「仕事で精一杯」だったとか何かしらの理由を述べさせれば、それが正当な理由にならないことを理解させることも出来る。だが、「そうしなかった理由」が明示化されないと、今後もそうする理由になりかねない。それがなんなのかも分からないのが怖い。

次同じ理由で逃げさせないために、今問い詰めておこう、みたいな感じか。我ながら厳しい処遇だ。相当怒ってるらしい。