私はいま人生で一位、二位を争うような困難を経験しているわけだが、世の中には私のランキング上位など比較にもならないような地獄を経験し、笑って生きている人がきっとたくさんいるんだろうな。
これから関わる人全てが、私の知らない不幸を乗り越えて笑っているのかもと思うと、下手な態度は取れないよなあとしみじみ考える。
不幸の渦中にあって「もういやだ!」と周りに当たり散らしている人もいるかもしれない。
もうすぐ社会復帰はずなので、またいろんな人と関わるに当たって、何を話せばいいんだろう、どう関わればいいんだろう、私はうまくやれるだろうかと、不安に思っている。
目の前にいる人にも私にも、イマだけじゃなく、過去や未来がある。それを想像して関わるといいのかな、なんて思ったけど、ちょっと重たいね。自分が気を遣っているつもりで、相手に気を遣わせるような関わり方はちょっと疲れるねえ。
私は社会に戻って、どんな会話がしたいんだろう?友達や知り合いと何の話をしたいかなあ。あまりにも社会から離れすぎて、初対面の人と何の話すればいいのか分からないや。
近況はちょっと、苦労話になっちゃって。私が軽く苦労話すると向こうも苦労話を始めてしまうというのが、最近オンラインで人と話してて気づいたことで。それはなんか、「お互いがんばりましょうね」ではあるんだけど、「この人は面白いな、また話したいな」にはなりにくいなと思ってて。
私がそういう「面白い人」って思われるには、相手の興味のあることや、相手自身をテーマにして楽しく話せることなんだと思うんだよな。
お互いのことをそうやって面白がれる関係性になったら、楽しいってことなんだろうなあ。
旧友とはそういう会話ができていた気がする。また会いたいなあ。
重たい経験をしているわけだが、軽く関われる人でありたい。初対面の人に対しても、楽しく会話できる、ふわふわと軽い人でいたい。
特に何にも詳しいわけではないけど、会話が上手な人っているもんなあ。
たまに英語チャットに入るんだけど、そこでなされてる会話って、なんだか、聞いたことのあるような話を何回も丁寧にしている感じがする。
英語文化なのかもしれない。ディベートでそういう訓練がされているのか、会話が途切れないようになのか、これまで何回も言われているような話を改めて自分がどこをどう感じているかも含めて話しているのをよく見かける。
また時間見つけて英語チャットに参加して、その真髄を理解したいな、と締めくくって今日はおしまい。

