縁と運と占いと

手術からの回復期は少し精神が不安定になる。
PICUでがんばっている子に面会した後は、自分の精神を守るために、なるたけ家事をしたり、割り切ってエンタメを楽しんだりしているが、それでもやっぱりグラグラと揺らぐ心をなんとか支えながら生きている。

弱っているな、と思いながら調べたのは四柱推命。インスタの漫画にそんな話がよく流れてくるようになったのも、私の心がよわよわのよわなのがバレているからだろうと思う。

しかし四柱推命、色んな流派があるようで、調べるサイトによって全然違う。姓名判断もそうだったが、それが嫌で、何を見ても「当たっている」感が薄れて、真面目に読む気が薄れてしまった。

占いは嫌いではない。しいたけ占いをよく見る。しいたけの占いは、「男性やLGBTQが読んでも大丈夫」なようになっている気がする。星座占いを信じているというより、その各方面に配慮した「応援メッセージ」を受け取りに行っているような感じだ。言われた通りに行動しよう、というよりは、「がんばってね。あなた〇〇なんだから…」の、〇〇なんだからを無視して(占いってそこが重要なはずなんだが)、「がんばってね」の言い方が優しいからつい読んじゃうみたいな。

縁や運といったものには随分助けられてきたと思う。ここでは生きていけないなと思ったタイミングで父の転勤が決まったり、なんとなくで決めた趣味がずっと続いていて、そのつながりで夫と出会ったし、子供を授かったタイミングも絶妙だった。

そういったものには浮き沈みがあります。夫と結婚してから次男の病気が分かるまで「うまくいきすぎている」と思っていて、いつかぶり返しが来るのではと恐れていました。だから病気がわかった時、「とうとう来てしまった」と、諦めに似た気持ちが湧いたのでした。

だから私の去年一年は運勢でいえば最悪で。
今年はきっとまたいい波に戻るはずだと思って、そう言ってくれる何かを探して、ふらふらと占いサイトを彷徨ったんだろうなと思います。

祖父母も、有名な神社仏閣にお参りして、次男の健康を祈ってくれています。
宗教や占いは、お金以外の、時間をかけたり参拝のような手間をかけたりすることを通して頼りにする分には、私たちの精神をそっと支えてくれるものだと思います。

距離感を間違えないよう気をつけつつ、感謝と、その文化と歴史に敬意を示したいです。

予約投稿を駆使しつつ毎日更新は途切れさせないよう気をつけてましたが、術後はやはりタスク漏れして一日空いちゃいました。(誰も見てないけど)
またぼちぼち書いていきます。