けども、の続き。自分の外と内を変えるバランス。

来年の目標は「精神の安定」だと前の記事で書いたんだけど、AIに今の次男まわりの現状とか書籍化したいみたいな夢があるとか話したら、『その状態で「イライラしない」「穏やかでいる」は不可能です』って言われたわ笑
AIってこんな断言することあるんだ。

なんか年末だし、時期的にそういうの考えた方がいいかなと思ったんだけど、次男の手術が終わっていないという意味では、今は時期じゃないんだろうなって思い直した。

私が先の目標を立てるのは手術が終わってからみたいです。
なんかね、先の希望とか、なりたい自分とか、考えてみたいなって思ったんだけどね。

「喉の不調をどうにかしたい」とか「生産的なことができてない」とか「またイライラしてる」とか思って、何をどうしたいのか考えてたけど、体力も気力も足りていない上に、自身の通院も自由に出来ない環境で、そんな遠い未来のことを思っても、逆算が果てしなくなっちゃうからだめらしい。

「うまくいかない」「どうにかしたいのにできない」「絶対にうまいやり方があるはず」「諦めきれない」
この思考法って、どうなんだろう。
こういう考え方するから精神が荒れるんだとは思うの。「なるようになる」みたいになった方がいいのか?

なることもあるんだよ、子の手術中とか私神頼み一切しないで寝てたし。私が今すべきことは神頼みではなく、次の付き添い入院に向けた体力の温存だからって。
でもこれって「なるようになる」ではないか。いつでも「できることを探してやる」スタンスなんだよな。

けど、だからこそ、自分に出来ることがありそうだと、諦めきれないんだよね。
だから「寝るほどではない体調不良」とか、「2週間のワンオペ」とか、ずっとイライラしてしまう。出来ることが無限にありそうで、ちょいちょい試しながら、成果がいまいち出ない毎日だから。ちょっとずつ自分の不出来が嫌になって、今日もうまくいかなかったなで終わってしまう。
3 good thingsはね、やってみるけどね、1個書くごとに5個bad thingsも浮かんでしまってね…。

だからってハードルを下げるようなことをしたらさ、改善しなくなるわけじゃん?私がちまちまと喉が良くなるように頑張っててもさ。
自分の外側を変えたいって思ってると、内側、気の持ちようってやつを変えるのは、妥協になりかねないから怖いんだよね。

けど、ずっと努力し続けて、ずっと成果が出ない時、内側を変えずに、私が私を責め続けていたら、もたないよね。

その辺だな。うん。大事なところですが目安文字数なのでまた今度。