落ち込み中

今日はなんだか息苦しい日だ。
昨晩よく眠って、遅くに起きて、何もしないことに決めて、日課の運動だけしたんだけど。

気づくと他人を批判しようとしたり、将来やりたいことを考えていても自己批判が多い。なんでだろうなあ。

朝から糸井重里氏の功績を改めて目の当たりにして落ち込んでいるのかもしれない。
魔女の宅急便の「落ち込んだりもしたけれど、わたしはげんきです」が糸井氏のコピーだと、初めて知った。
本編では「私は元気です」とは言ってなくて「この街が好きです」になっている。

あとは「おいしい生活。」とか「くうねるあそぶ」とかもそうらしい。この辺はなんとなく聞いたことがある程度だが、当時インパクトが大きかったのは容易に想像できる、時代を象徴する強いコピーだと思う。

糸井氏はコピー書いてただけじゃなくて全体のディレクションをやっていて、ポスター撮影の海外ロケにまで帯同していたのも知って余計落ち込んでいる。

普通にすごい人なんだなって。自然体でリーダーが出来て、めちゃくちゃ売れて、責任が取れて、汚い部分も全部知ってて、その上で柔和さを保ってるなんて、普通の人には出来ないわ。
そんだけ出来るならもうなんか、もっとギラギラしててほしかったなあ。

ため息。
私も色々できる人でありたいのに。いや今日は休みの日って決めたからしっかり休むんだけど。
やる日にはもっと、人にインパクトを与えるものやサービスを作っていける人になりたい。

「共に生きる」はやっぱり私の中で大事なテーマで、育児や介護で自分の人生を生きていないように感じている人や、不登校の子どもや、休職中の人たちに居場所を作りたい。

けど、恒常的に作るのが難しい。安全安心を維持するにはお金がかかるし、無料で開放すると別の問題も発生する。

アイデアが大事なのに、問題解決力が大事なのに、何も浮かばないや。だめだなあ。

第三の場所ってやつを作りたいんだよなあ。マイクロコミュニティでもいい。仕事でも家でもない場所。希薄な関係性は、濃厚な関係とは全然違う効用があって、私はそれに命を救われたまである。
深い話じゃなくて、世間話をするところ。自己開示ではなくて、なんてことない話をするところ。
私自身が常にいなくても機能するとうれしいよなあ。
ネット上でもいいのよ、メタバースとかでも…。

なんだかなあ。全然違う方向から考えたい気持ちになってきた。弱い人たちから考えるとちょっとめんどくさい。もっと、誰しもがもつ弱い部分を温めるような感じの方がいいのかもなあ、糸井さんの仕事見てそう思った。

子育て終わってからやりたいことについて考えてる話でした。