変わらない毎日を慈しみたい。
今日も子供達二人が元気で私自身も夫も健康で、特にやるべきこともなく、食べたいものを食べて寝たい時に眠れる日常の価値を、私はもう少しありがたく思うべきだと思う。
今の日常の何が嫌って、うんちのおむつ替えだ。長男のうんちが立派なサイズになってトイレに流さねばならなくなった頃から、ほんとうにうんちのおむつ替えがストレスになってしまった。手や部屋の匂いがなかなか取れないことや、トイレに落とす時に水が飛び散ることがほんとうに嫌で、嫌で、嫌すぎて、おむつ替えのたびに長男や夫にキレてしまう事態に。
何度もネット相談やAIにどうやったらキレずにいられるか聞いた。手袋をしたり、一回離れて気持ちを整えたり、いろいろやったが、結局処理をするのは自分なのでその時にキレてしまう。
毎回素手で処理しろと言われてるのと変わらないくらいストレスを抱えていた。
まだ半分くらい抱えている。イライラするだけ無駄なことだと分かっているのに。次男の病気に比べれば些細なことだ、と思うか?私は私が不快な日常を送らなければならない方が嫌だ。
こんな調子で私はここ数ヶ月イヤイヤ期である。お菓子で釣っても、厳しく注意しても、ほっといても、嫌なものは嫌。
大人なのだから、もう少し視野を広く持ちたい。うんちのおむつ替えは「どうしても嫌なこと」なのか?これも大切な日常の一部なのでは?今日も子供がちゃんと排泄して、健康なことではないか。そんなに不快か?今が快適すぎて、ささいなことにケチをつけすぎている気がする。
多分私の日々の暮らし、もう98点くらいの心地よさなんだろうな。だから2点のマイナスがあっっっまりにも許せない。もったいない。98点だぞ。こんな極楽な毎日、そうそう長く続かないのに。キレてる時間があったら、もっとやれることあるはず。
うん…。だいぶ穏やかになってきている気がする。一面真っ白なのに、すこぅしだけ汚れがついてるとそこがどうしても無視できなくて、執拗にそこを綺麗にしようとしちゃうのはやめたいね。これからも。自分の理想を追い求めてる時に、完璧主義を「他人に対して」求めてしまいがちなところあるから、気をつけたい。
その汚れが自分でなんとかできるならいいけど、他人起点のものなら「そんくらいええやん」って言いたい。そんでもってほぼほぼ真っ白なくらい満点な日常を満面の笑みで楽しみたい。
あと最近タイトルをAIに聞いてみてるんだけど、ハウツー的なタイトルを提案してくるからか、書く時もハウツーによせがち。あくまでジャーナルであるということは忘れたくない。筆致に気をつける。


